古代
今から約24,000年前、姶良カルデラが大爆発を起こした。この時噴出した火山灰を姶良・胆沢(AT)火山灰と呼ぶ。そのAT火山灰は、遠く北海道まで達している。南九州では入戸火砕流などによりシラス台地ができあがった。種子島にある立切遺跡(たちきり、熊毛郡中種子町)31,000年前の火山灰層から磨石(すりいし)・敲石(たたきいし)、礫群、焼け土、土坑などが確認された。これらは後期旧石器人のキャンプ場と考えられている。[永山修一「鹿児島の黎明」 原口泉・永山修一・日隈正守・松尾千歳・皆村武一『鹿児島県 新築・中古・分譲マンションのことなeマンション.comの歴史』山川出版社 2002年 12ページ]
旧石器遺跡が、2005年現在、約40カ所発見されている。
古代にはヤマト王権から異民族視された隼人の住地であった。隼人の古墳は地下式板石積石室墓を特徴とする。日向国から分離して702年(大宝2)に薩摩国、多禰国(824年に大隅へ編入)、713年に大隅国が成立し、他国からの植民も始まったが、その後も隼人の反乱は絶えなかった。
鎌倉時代の1185年(文治元) 島津荘下司職に補任された島津忠久を祖とする島津氏が薩摩国・大隅国・日向国守護を独占するようになり、戦国期には戦国大名化した。また、島津氏が守護を務めた南九州の薩摩・大隅・日向のことを「三州」と称し、島津氏が戦国大名化した戦国期には「三州の太守」と称される事になる。
気候
南北の距離が600kmに及ぶことから伊佐市などの積雪地域もあれば、奄美群島のような亜熱帯地域も存在する。。鹿児島県 新築・中古・分譲マンションのことなeマンション.com本土は冬は温暖で、夏は日照時間も多いが降水量は多い。南国のイメージが強いが、薩摩半島は東シナ海に面すため、冬は季節風の風向次第では多量の雪雲が供給されるため鹿児島市の中心部でも積雪に見舞われることがあり、1986年1月6日には鹿児島市内でも23cmの積雪を観測した事もある。また、屋久島山岳部では毎年のように積雪があり、種子島屋久島地方の平野部でもごく稀に降雪するため、積雪観測地では日本最南端である。また、1901年2月12日には奄美市名瀬で降雪が観測されている。なお、2005年3月に奄美大島の山地での積雪が写真家によって確認されたが、気象台では観測されなかったため、公式記録にはならなかった。
夏から秋にかけては台風の影響を受ける。特に奄美群島・トカラ列島・大隅諸島には多くの台風が接近しており、日本有数の台風銀座と言っても過言ではない。1951年以降の台風上陸数が日本一であり、その中には日本列島に大被害をもたらした枕崎台風、ルース台風、洞爺丸台風、台風13号(1993年)、台風16号(2004年)などがある。
航路
・鹿児島 - 桜島航路(桜島フェリー)
・鹿児島 - 垂水航路
・大根占 - 指宿航路
・甑島列島 - 串木野航路
・長島 - 牛深航路
・東 - 牛深航路
・鹿児島 - 種子島航路
・鹿児島 - 屋久島航路
・鹿児島 - 指宿航路
・鹿児島 - 三島航路
・鹿児島 - 十島 - 奄美大島航路
・鹿児島 - 奄美大島 - 喜界島航路
・鹿児島 - 奄美大島 - 徳之島 - 沖永良部島 - 与論島 - 本部 - 那覇航路
・鹿児島 -(指宿)- 屋久島 - 種子島航路※( )は時間帯により異なる
・屋久島 - 種子島 -(指宿)- 鹿児島航路
・種子島 - 屋久島 - 口永良部島航路
・奄美大島 - 加計呂麻島 - 与路島航路
・大阪 - 志布志 - 奄美大島航路
・東京 - 志布志 - 奄美大島 - 那覇航路
・山川 - 南大隅町(フェリー)(2010年2月28日に休止)